はじめに|最近、心が動いていないと感じた
最近、「なんだか心が動かないな」と感じることが増えた。
頭は回ってるし、眠さも空腹も感じる。
映画を観れば涙も出るし、ゴルフの練習でナイスショットが決まれば気分も良い。
なのに、どこか現実感がないというか、心が地に足ついていないような感覚がある。
まるで、自分が自分の人生の傍観者になってるような。
自分ではちゃんと生きているつもりなのに、どこか空虚で、淡々としていて、
「心がどこにあるのかわからない」そんな感じ。
なぜ心が動かなくなるのか
体調が悪いわけでもない。睡眠も取ってる。
じゃあ、なぜこんな風に感じるのか。
思い返してみると、
日々の生活の中で「意識が今にない」ことが増えていた気がする。
歩いている時も、
「明日の予定どうしよう」「あの人に返事したっけ?」と頭の中は未来や過去でいっぱい。
コーヒーを飲んでいる時も、
スマホを見ながらニュースを眺めて、味わってるんだか味わってないんだか。
今ここで起きてることよりも、頭の中の「次」がいつも優先されていた。
この積み重ねが、「心が動かない」状態を作っていたんじゃないか。
自分の中に生まれた気づき
あるとき、ふと「歩いてるときに、“歩いてる”って意識してるか?」と思った。
意識を向けてみると、風の匂いとか、足裏の感触とか、
車の音や、すれ違う人の気配とか——
いろんなものを感じる自分がいた。
それを感じた瞬間、
ほんのわずかだけど、「あ、今自分はここにいる」と思えた。
五感と意識が一致する。
それが、現実を生きているという感覚なのかもしれない。
「今やっていること」と意識を一致させる
それ以来、できるだけ意識してみるようにした。
たとえば、こんなふうに。
- 歩いている時:「いま、自分は歩いてる。足腰を鍛えてる。景色が変わっていく」
- コーヒーを飲んでいる時:「いま、コーヒーを味わってる。香りが落ち着くな」
- 洗い物をしている時:「手が濡れて冷たい。泡が流れていく。これも今の自分」
こんなふうに、“今ここ”に意識を戻してやる。
それだけで、不思議と現実感が戻ってくることがある。
すごく地味な作業だけど、じわじわと効いてくる。
禅やマインドフルネスとの共通点
こういう意識の向け方って、
いわゆる「マインドフルネス」や「禅」で言われていることに近い。
「今この瞬間を、評価せずに、ただ感じること」
「坐禅は呼吸に意識を向けることで、今とつながること」
そう言われると何だか難しそうだけど、
要は、「いま自分がやってることを、ちゃんと自分がわかってるか」ってだけの話だ。
スマホを見ながらテレビをつけて、
何か食べながらSNSをスクロールする——
そうやって“今”を上書きしてばかりいたら、そりゃ現実も薄くなるわけで。
実践のためのヒント集
意識を今に戻すための、小さなヒントをいくつか。
- 朝起きたらまず深呼吸を3回して、「今日も目が覚めた」と感じる
- 食事中はスマホを置いて、ひと口ごとに味わってみる
- 1日1回は、なにもしない“ぼーっと時間”を5分だけでも取ってみる
- 歩く時、音や風、足の動きに意識を向ける
- 「今、自分は〇〇している」と心の中で実況する
どれも大したことじゃない。だけど、やるとちゃんと効く。
思考を止める必要はなくて、むしろ五感と意識を一致させることが大事なのかもしれない。
おわりに|心が戻る場所を自分でつくろう
「心が動かない」とか、「現実感が薄い」とか、
それってどこかで、心が置いてけぼりになってたのかもしれない。
だからこそ、自分で自分に戻ってくる時間をつくる。
それが少しずつ、現実に足をつけて生きることにつながるんだと思う。
禅だとか、マインドフルネスだとか、難しく考える必要はない。
まずは、「いま何してる?」と自分に聞いてみるところから始めよう。
そこから、心と体がゆっくり再会してくれるはず。


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